キミとの季節 純愛アドヴァンテージ

梨里緒


「ハルぅー、朝からお熱いねぇ」
「さっ…聡美っ」

慌てて振り返った私の目に映ったのは、ニヤニヤと冷やかしの笑みを浮かべた聡美と愛結だった。

「夏休み中に何かあったんでしょう?」
「う…」
「話してごらんなさいよぉ」

肘で小突かれながら二人に責め立てられて、私はしぶしぶ広大の短期留学の件と空港での出来事について打ち明けた。

「じゃあ二人はとうとう付き合い始めたってこと?!」

どこで聞いていたのかヒメが大声で会話に加わったことで一気にクラスメイトの視線が私に集まる。

「ちょ…ヒメ声でかすぎっ」
「えー?堂々としてたらいいじゃん。もうハルは正式に羽生先輩のカノジョなんだしー」
「うー…でもその実感がないんだってば…」
「え?仲良く手を繋いで登校して来たのに?」

ポカンとした表情で言った愛結に私は苦笑い。

「てっ…手は繋ぐけど、あんまりその…広大との会話ってテニスの事がほとんどだし…付き合い始めても何も変わらないっていうか…」

思わず本音を打ち明けると、聡美は小さくため息をついた。

「それってさ、ハルが羽生先輩に自分からそういう距離感を保ち続けてるからなんじゃないの?」
「え?」
「幼馴染の延長線上で物事を考えてるのはハルの方で、たぶん羽生先輩は違う気がするけどなぁ…」
「…そうなのかな…?」

首を傾げた私にヒメがコソッと耳打ちする。

「ねぇハル、羽生先輩ともうキスとかした?」
「えぇぇぇっ?!」
「え?まだしてないの?」
「すっ…するワケないじゃん!」
「えーマジでー?羽生先輩が可哀想だよー」
「かっ…可哀想って…」

顔を真っ赤にして戸惑う私にヒメは笑って言った。

「だってカレカノになったら普通キスくらいするっしょ。
私だって純也と付き合って3日目にはキスしたし」

目をまん丸くして驚いたのは私だけで、愛結も聡美も全く驚く様子もない。

「ま、あんだけ好き好きオーラ出しまくりの後藤君だからねー、まぁキスくらいはしてると私も思ってたし」

平然と言った聡美に私はがっくりと肩を落とした。
やっぱり私はとてつもなく鈍ちんのようだ。

「ハルも羽生先輩とキスしたらいいんだよ」
「だ…だってキスって…どうしたらキス出来るものなのかさっぱり想像出来ないし」
「そんなの簡単だよー」

と、そこまで会話が盛り上がったところで始業のメロディが流れ、先生が教室のドアを開けた。

「はい、みんな席についてー。HR終わったら全校集会ね。
けど、その前に転校生の紹介をします」

教壇に向かいながら言った先生の後ろから、教室に入って来たのは、少し長めの茶髪でウルフカットの男の子。

「えー、オーストラリアから帰国して我が校に編入した、
結月冬弥(ユヅキ トウヤ)君だ。みんな仲良くするように。
じゃ結月君、挨拶どうぞ」

先生に促され教壇にのぼった彼は、クルリと教室中を見回すと、無表情のまま挨拶をする。

「結月冬弥です。テニスしか取り柄ないですけどよろしく」

素っ気ない彼の挨拶だったけれど、クラスの女子のほとんどの視線は結月君へと釘付けになっている。

「じゃあ結月君の席は窓際の一番後ろに用意してあるから、あそこに座って」

先生に指を差されて初めて気づいた。
私の席の後ろにいつの間にか新しい机が置かれていた事に。

「はい」
そう返事をした結月君が教壇から私の席の後ろに向かって行く間、クラス中の女子の視線が追いかけている。
自分が注目されている訳でもないのに何故かドキドキと私の胸が鼓動して思わず生唾を飲んだ瞬間。

私の横を通り過ぎながら、結月君がクスッと笑いを落とした…気がした。

「はい、それじゃみんな体育館で始業式だから移動して」

先生の号令でみんながガタガタと椅子から立ち上がり教室を出て行く。
かと思いきや、クラスの女子の半分くらいが結月君の席に押し掛けた。

「結月君よろしくね!
オーストラリアにずっと住んでたの?」

早速投げかけられた質問に振り返る事もないまま私も聞き耳を立てていると、隣の席の愛結も立ち上がることなく私と同じように聞き耳を立てている様子。

「いや…3年間だけ」
「そうなんだー!じゃあその前はどこに住んでたの?」

転校生の身上調査隊が容赦なく結月君に話しかけていると、ヒメと聡美が私たちの席にやって来て首を傾げた。

「ハル、愛結、体育館行こう」
「あっ…うん」

すぐさま立ち上がった私の横で愛結は真っ直ぐ前を見たまま動きが止まっていて。

「愛結?」

私の声でようやく愛結はハッとして立ち上がった。

「あ、ごめん。ぼーっとしてた。休みボケかな?」

笑って誤魔化すような愛結の状態に私も首を傾げつつ、聡美たちと教室を出ようとした瞬間。

「お前、倉橋春璃…だろ?」
「え?」

振り返った先には女子に囲まれたハーレム状態の結月冬弥。

「羽生広大の宝物のハル」
「は?」
「羽生に言っておいて。絶対に負けないからって」
「え?」

ポカンとしている私に歩み寄った結月君は、口角を持ち上げながら横を通り過ぎて教室を出て行った。

「…なにあれ?」

ヒメの呟きは「結月君ってなんかカッコいいよねー!」と盛り上がるクラスメイトの女子の声にかき消されて。

私は何ともいえない不可思議な感情に戸惑っていた。

彼がこの先、私と広大の関係に大きな変化を巻き起こすことになるなんて思いもしないまま───。