彼の言いなり♡24時間 うしろの席のS王子さま

karin


爽やか王子様




「わ、遅れる!」
予鈴のチャイムが鳴った。始業まであと5分!!
私は慌てて靴箱で上履きに履き替えると、教室の方へ駆けていこうと思いっきり振り返った。その瞬間、
「ふぎゃっ!」
ドンと身体に衝撃が走った。

「いったぁ~…っ!」

…清々しい爽やかな香りが私の鼻をくすぐった。
けれどその香りに浸っている暇はない。
頭がぐわんぐわんする…!
私は俯いたまま頭を押さえ、さらにぶんと頭を下げて謝った。

「あ…ご、ごめんなさいっ!」
…人がいることにまったく気がつかなかった。
私は男子生徒の胸元目掛けて頭から思いっきりタックルをお見舞いしていた。

「…こっちこそごめんね? 大丈夫?」
!!
その声に私はようやく誰にぶつかったのかわかった。
顔をバッと上げる。
目の前が、くらっとなった。

「…さ、佐野駿矢…君?!」

ま、眩しいっ!
何が眩しいかと言うと、彼から放たれる爽やかなキラキラ笑顔。その眩しさと頭に受けたズキズキで目が…まわる!
足元がふらり…。
思わず私は段差を踏み外してしまった。
「あ、危ない」
「うわッ…!」
その瞬間、佐野君の手が伸びてきたのがわかった。


〝佐野駿矢″
彼は学校一、有名な人。
〝サッカー部の貴公子″とか〝爽やかプリンス″
なんて一部の女子に呼ばれているのを何度も耳にしていた。
〝サッカー部期待のエース″は、超絶人気者でしかも成績優秀だという。
つまりとてもモテまくっている。

その佐野君が、足を踏み外し、昇降口の固いコンクリートの床へ倒れていく私を助けてくれた。
引き寄せ抱きかかえるようにして…
あっという間にがっちりした腕と爽やかな香りに私は包まれてしまった。
…あれ?
「!」
さらに密着…!
佐野君の腕の力が強まった。
ぎゅっと佐野君は私を抱きしめて、…離す気配がない。
……え? えええッ!?
きゃあーーーーッ!!
一体何が起こっているの――――!!??
「さ、佐野…くん?!」
…なんで? どうして? どうなって、こうなった?!
助けてくれたんだよね?
なのになぜ私はその噂の貴公子に…
そのまま抱きしめられているの…?!
「さ、さ、さ、佐野君! 佐野君っ!?」
私はパニックで彼の名前をただひたすら連呼した。
胸のドキドキがありえない大音量で大暴走…!!
「佐野くーんっ!!?」
ここは昇降口、靴箱の前、予鈴のチャイムが鳴ってから数分が経っている。
周りには他に生徒などいなくて、いや実際にはいるのかもしれないけれど、私の視界は彼の胸元で埋め尽くされて…
ああ…どうしよう…? う、動けない…!
パニックで身体に力が…入らない…!!
離してくれと言いたいのに言葉が〝佐野君″としか出てこない。
するとその様子を見て佐野君はクスリと笑うと、ようやく私を抱く腕の力を緩めた。
私と目が合うと佐野君はにこりと極上の笑みを浮かべる。
心臓が太鼓でダンッと打ち鳴らしたみたいにドキンと跳ねた。
…てか、近い。
近すぎる…!
佐野くんはキラキラした笑顔を浮かべたまま、

「…ごめん。可愛いからつい抱きしめてしまった」
と、とろけそうな素敵な声で、ありえないお言葉を私にくれた。

「…かッ…!?」
可愛い? 佐野君が? 私、を? 見て…?
『可愛いから抱きしめた』って今、言った!?
王子様に助けられ、抱きしめられそして至近距離で可愛い…。
朝からありえない事件に私の全身がボッと、一気に燃える火のように赤一色に染まっていくのがわかった。

「面白くて変な女。うける」
「……………え?」

その後にぼそっと聞こえた佐野君の声に私は固まった。
……き、聞き間違い…かな…?
今、佐野王子…なんて仰いました?!

「さ、佐野…くん?」
「大丈夫? 怪我していない?」
佐野君はまたニコリと紳士スマイル。
??
さっきの〝変な女″発言は気のせい…かな?
私は、ぱちぱちと瞬きを繰り返して佐野君をじーっと見た。
「ん?」
そこには噂で聞いたとおり爽やかで学校一カッコイイ、素敵な王子様の姿…
至近距離で見る彼はキラキラオーラが10倍増しで…
見惚れてそのまま何時間でも見ていられると正直思った。
とろけそうな思考で浮かんだ答え、それは、
きっとさっきのは気のせい! だった。

「…あれ、君の?」
佐野君は私の暑苦しい視線から目を逸らすと床を指さした。
「…へ?」
間抜けな声で返事をするとその指先を目で追った。
床にはぶつかった時に落とした私の鞄。そして…
「!!」
「手帳…」
「だ、だめっ!!」
ゴウン! と鈍い音が頭から全身に響いた。
「痛ーッ!!」
慌てて私は落とした自分の手帳を床から拾おうとして、同じく拾ってくれようとした佐野君と思いっきり頭をぶつけた。
「痛、あ…大丈夫?」
「……っ!!!」
超絶痛いですッ!!
私は両手で頭を押さえて声にならない叫びをあげる。
佐野君は頭を片手で押さえつつもそれほど痛くないのか、私が悶絶している間に手帳を拾った。
「か、返して…!」
それに気がついた私はおでこを押さえながら、彼の方に手を伸ばした。
「…どうしようかな…」
「………へ?」
私の手帳はひょいと手の届かないところに持ち上げられた。
…背の高い佐野君は私を見下ろし変わらず微笑む。
佐野君の顔を改めて見る。
眩しい笑顔は変わらない。だけど、なんだろ?
気のせい…?
さっきから微妙にその笑顔と言葉がちぐはぐに感じるような…?

「ぶつけたのおでこ? ちょっと見せて?」
「っ!?」
おでこを押さえていた私の手に佐野君の手が触れた。
瞬間心臓が胸を破って飛び出しそうなぐらいドクンと鳴った。
「…あ、少し赤いね。腫れるかも」
「っ!!」
ちっ…かーい! っ近い!!
佐野君の顔がドアップ!! 息ができないっ!!
「きっ…」

限界だった。

「ぎゃあぁあぁ゛ーーーーーッ!!!」

私は佐野君の胸を両手でドンっと押すと、一目散にその場から逃げた。
手帳を取り返すことも忘れて…