月の涙
~この想いを、キミに。~
百音


世界が白黒だった。
右を見ても左を見ても、目に映るもの全てが白と黒だった。
体を突き刺すような寒さと痛み。がちがちと歯が鳴る。
コンクリートに座り込んだままの体は、どんどん冷たくなっていく。
隣にいた夕陽(ゆうひ)が一瞬にして視界から消えた。
その意味がわからなかった。
掴まれた腕の痛みが、彼が隣にいた事実を証明しているというのに、彼は今、側
にいない。
「大丈夫?」
買い物帰りの主婦が、震える私に赤いチェックのストールをかけた。
……赤?
白黒の世界の中、赤色だけがはっきり認識できた。
そして、気がついてしまった。
コンクリートに広がりはじめている、真っ赤な何か。
息が苦しくなる。
だって、本当は知っている。
どうしてコンクリートが赤くなるのか。
どうして、夕陽が隣にいないのか。
「……ゆうひ」
涙の膜が瞳を覆う。
それは一気に溢れ出し、両目から滝のように流れ出した。
どうして泣いているのか、本当は気づいている。
はいつくばりながら、赤い何かを辿る。
震えが止まらなかった。
体をくの字に曲げて、夕陽がコンクリートに横たわっている。
その周りに、赤い何かが広がっている。
……血。
焦るトラックの運転手。
立ち止まる通行人たち。
知らない顔の人間たちが、慌てふためく。
私はその輪の中心にいた。
「夕陽、夕陽」
倒れたままの夕陽に触れた。
同時に、世界に色がついた。
いつもの帰り道、見慣れた光景。
ただひとつ違うのは、夕陽が事故に巻き込まれたということ。
「……夕陽」
ごめんなさい。
ごめんなさい。
私のせいで--。
助けて。
神様、夕陽を助けて。
「お願い。お願いします……」
時間は戻らない。
それなら、祈るしかない。
夕陽に掴まれた腕を強く抱くと、さらに涙が止まらなくなった。
血に染まるコンクリートと、青白い夕陽の顔を見つめながら、
私はただ、何も出来ず泣きつづけた。