君と僕の部屋 〜あの空でまだ君は待っている〜

みゆ


 突然、ミントゼリーが作りたくなった。
 グラニュー糖をとかした鍋は、ふつふつと沸騰している。
 まだゼラチンを投入する前なのに、透明な液体はとろんとして見えた。
 夕食の仕込みが思ったより早く終わり、余力がまだあったからミントゼリーを作ることにした。
 大好き。ではないのだけれど、時々無性に食べたくなるんだ。
 透明な青色が綺麗で、ふるふると震えるミントゼリーは、口に入れるとほんの少し甘く薄荷特有の清涼感がなんとも言えない。
 水みたいで風のようなデザートだ。



 病院での勤務を終えた帰り道。今日は珍しく早番だったから、ゆっくり料理ができると夕飯の材料を買いにスーパーに寄った。
 久しぶりにハンバーグが食べたくなったので、冷蔵庫の中の記憶を思い出しながら足りない物を籠に入れていく。玉葱はまだあったけど、消費が早いから今の内に買っておこうかな。でも、荷物が重くなるのが嫌だなあ。
 彼氏でもあり同棲相手でもある景に来てもらおうか考えたけど、やめることにする。
 自動車の整備工場で働いている景は、いつもくたくたになってアパートの部屋へ帰ってくる。どんなにくたびれていても、笑顔でいる景のことを思うと、荷物が重くなることくらいどうってことないように思えた。
 お徳用のツナ缶と牛乳を買ったせいか、買い物袋の持ち手がきりきりと指に食い込んだ。
 重いし痛かったけど、スーパーを出て見上げた空があんまり綺麗な色だったからそんなこと忘れてしまった。
 青空から夕焼けに変わる瞬間は、水色から緋色へのグラデーションで、私の一番好きな空の色をしていた。
 こんな空の日は、思い出す。
 景に初めて恋した日のことを。
 高校生の時、彼と付き合い始めた日のことを。
 そして、大切な親友を手放してしまった日のことを。

 たっぷりの玉葱を刻む。
 玉葱を刻む時に涙が出ないコツは、催涙成分が出る前に手早く刻んでしまうこと。
 原理は分かっているんだけど、包丁に慣れていなかった頃は涙が出て止まらなかったっけ。
『だから、包丁の角度は垂直だって言ってるだろ』
 頭の中で、声がする。
 私に料理を教えてくれた、親友の彰吾の声だ。
 うん。そうだよね。彰吾の言う通りだよ。
 傍にいないのに、思わず頷いてしまう。
『ショウくんの作ったハンバーグ美味しすぎでしょ!』
 これは、高校生の時の景の言葉。
 愛飲している煙草のせいで今では掠れた声になってしまったけれど、昔の景は透明感があってよく通る声をしていた。
 景も彰吾も、私も、とても仲が良かった。
 親の持つビルの屋上に建てられたプレハブ小屋に、彰吾は高一から一人で住んでいた。そこは、仲間達の溜まり場で、色んな友達が常に出入りをしていた。
『分かった分かった。作ってやるから大人しく座って待ってろ』
 ぶっきらぼうだけど、基本面倒見のいい彰吾は、私達のわがままに渋々いつも答えてくれた。
 料理上手の彰吾が作る料理は、お菓子でもおかずでもなんでもとても美味しくて、それをみんなで食べるのが大好きだった。
『ショウくん。ご飯まだ?』
 かつての景の声が頭の中に反響する。胸が、ずきんと痛んだ。
 景は、彰吾に懐いていた。
 両親がいない寂しがり屋の景は、友達を大切にした。彼が人懐っこい性格をしているのは、寂しさからくるものなのだと今では理解している。
 逆に、兄貴肌の彰吾はそんな景のことをよく心配していた。景の孤独と寂しさを私よりも分かっている感じだった。
 あのまま、時が流れたら、景と彰吾は仲のいい友達のままだったのかな?
 俵型に成形したハンバーグの空気を抜く為に、ぱん! と強く手で叩いた。
 私が、壊した。
 もう一つ、ハンバーグを思い切り叩いた。
 考え事をしていたせいで、力加減を間違えたハンバーグは歪な形になってしまった。
 また、綺麗な俵型に整える。
 人のこころも、こうやって簡単に戻せたらいいのに。